日本社会においては、視点がポジティブでなくネガティブであり、他人の落ち度、悪いところ、ミス、エラー(失敗)、欠陥、欠点がないかどうか、一生懸命になって探そうとし、見つかった相手の足を引っ張る行動をする人が多いように思われる。
相手の良いところをほめないで、悪いところを叱る行き方である。
こうした、相手の否定的なところに専ら注意が行き、その観点からのみ相手を評価する行き方は、「減点主義」である。
減点主義の人々は、守り、防御の姿勢に入っており、消極的で、ネガティブ、マイナスの思考を持つことが多い。何かを今まで通り守ること、決まり、規則、正しいことを守ることをよいことだと考える。その点、減点主義と保守性、伝統指向は深い関連がある。
減点主義においては、何事においても「事なかれ」を選ぶ。何かに積極的にチャレンジして、何かもめ事とか起こしたり、失敗、危険をしでかすよりも、毎日が何事もなく平穏、平和に、安心して過ぎていくのがよいと考える。「大過ない」「何も起きない」ことを理想とする。その点、「何もしない」、現状維持的である。問題が起きそうになると、とりあえず判断を先送りする、「判断回避」とも関連がある。もめ事、対立の発生を好まない「和合」好きとも関連ある。
また減点主義の人は、就職とかで、ベンチャーみたいな、未知の可能性に満ちているが、悪く言えばこれからどうなるか分からない所よりも、役所や大企業といった、既によい現状を持つ「既得権益」のあるところに入ろうとする。
減点主義においては、積極的にチャレンジ、変革して失敗すると、落ち度、悪いことをしたと見なす。その点、恐がりであり、「退嬰的」、「女性的」である。
減点主義では、何事も正しく、問題がないと気が済まない側面がある。安全な、波風の立たない、反対意見の就かない、正しいと認められたことのみしようとする。大学入試等、間違いのない正答、正解に合った行動をひたすらしようとする。「正解指向」と関係がある。また、権威筋の決めた正答をひたすら守ろうとする点、「権威主義」とも関係がある。
減点主義では、失敗を何が何でも回避しようとする。何か変なことをやらかして、周囲の注目を浴びることを何よりも恐れる。その点、他人の目が気になる、「ウェット」な性格である。
あるいは、世間の注目を浴びる事故やヒューマンエラーの発生回避に懸命となる。エラーを直そうとし、正しい、欠陥や傷のない「完全さ」「正しさ」を保った状態に持って行こうとする。その点、「完全主義」とも関係がある。安全・安心の確保にやたらとうるさい。
減点主義の風土では、一度失敗すると、ダメージを消すことができず、ずっと残ってしまう。再起を図るのが難しい。これは、「再チャレンジ不能性」と呼べる。
また、何か競争相手とかを攻めるにしても、攻め方が消極的となる。つまり、ライバル、競争相手がいるので、仕方なく、嫌々ながら自分も競争する。本当はライバルのいない、ライバル同士がつるんだ状態がよいと考え、カルテル、談合に走る。その点、競争嫌い、競争回避である。
物事をきちんと正しく失敗なく管理、統制する、されるのが好きであり、決まりを守る、上位者に決められた言いつけを守り、問題を起こさないことを何よりもよいことだと考えるふしがある。その点、「管理・統制指向」である。きつくしばられるのを好む。その際、上位者の「正しい」言いつけを絶対遵守するとともに、下位者にも自分の考えを一方的に押しつける「サディズム・マゾヒズム」的である。