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清浄(清め)、純白、色・汚れ落としと日本の神社

神社でおはらいを受けたり、みそぎを受けることで、(汚れた)色が落ち、純白になって、心身が清められ、浄化される感じを、日本人は多く受ける。

その効能を、日本社会に当てはめると、以下のような例があげられる。

既に他の会社で働いて、その会社の色に染まった人が、別の会社に中途採用されようとしたとき、前の会社のカラーに染まったままだと、協調性に欠けるとされて、やっかい者扱いされる恐れがある。そこで、神社に行って、みそぎを受けて、色のつかない白紙状態に戻ることができる。

死んだ牛馬の処理など、けがれるとされる職業についているため、「エタヒニン」扱いされて差別されている人々は、作業が終わったら、神社に行って、みそぎ、おはらいを受けることで、心身ともに清められ、汚れを完全に落とした感覚を、周囲の人に与えることができる。そうすることで、社会的差別をなくすことに役立つ。

犯罪やヤクザなど、悪の道に進んだ人が、神社で清めを受けることで、悪を断ち切るきっかけになる。

なぜ、神社で、おはらいやみそぎを受けると、心身ともに白く汚れがない状態に清められたと感じるのか、そのメカニズムの解明が必要である。

また、寺院や教会とかでは、こうした、神社での清めと同様の機能が存在しないのではないかとも思われる。なぜ神社は、こうした清めの感覚を生み出すことに成功したのか、なぜ神社でないと駄目なのか、その辺を探る必要がある。

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2007年07月01日 05:59に投稿されたエントリーのページです。

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