日本の親子間の上下関係は誤りである。
日本では、江戸時代の儒学の影響もあってか、親子関係を上下関係、支配服従関係と捉える見方が支配的だ。
例えば、親会社、子会社、あるいは、親分子分といった言い方がなされ、いずれの場合も、親が上で、子が下というように立場の格差がはっきり付けられている。
しかし、それは誤りだ。
親と子の関係は、世代間で、環境に適応していくための文化を受け渡しする、リレーのランナー、選手の関係だ。先行する親が、子供に、自分が自分の親から引き継いだバトンを渡して、うまく渡せたら安心して死ぬ、というものだ。リレーの各ランナー間の関係は、基本的に対等、平等なものであり、時間的な前後関係があるだけだ。
子供はまっさらな状態で生まれてくるので、親が、子供によりよく生き延びてもらうために、いろいろ知恵を付けるのであるが、どうも日本では、その知恵を保持していること、知識を持っていること自体が偉い、上位であるとされる傾向があるため、知恵をより豊富に備えた親が偉い、上位ということにどうしてもなりがちである。
しかし、新しい事態、環境への適応力、新分野を開拓する力や体力は、若さを備えた子供の方が優れているとも言えるので、そうした点を重視するように見方を変えてみれば、親子は対等であると言える。
また、親と子の関係は、遺伝的に見て、子の体の半分は親自身である。親が、生物学的に同等である、自分自身の分身、半身より偉い、優れているということは、ありえない。