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内輪指向、内向き社会

日本人は、自分の所属する集団内に専ら関心が行き、集団外への関心、配慮が乏しい。そして、いつも内輪に限定された、内輪受けする話題を互いに振ろうとする。
集団外の人からは、何のことをしゃべっているか分からない。集団に入っていないと、あるいは、親しくないと、話題について行けない疎外感を味わうことになる。

集団内だけで理解可能な話題で盛り上がることで、集団内での相互の一体感、一致結束を楽しむのであり、集団に所属していること、一員として受け入れられていることをその都度確認していると言える。

互いに緊密なコミュニケーションを取り、互いに体験を同じ場所にいて共有していないと、他の人たちの話題について行けず、取り残されてしまう。ひいては、集団から除け者にされてしまう。

それを避けるために、必死になって周囲の仲間の話題について行こうとし、そのために、必死になって周囲の仲間とコミュニケーションを取り、仲間が行くところには必ず自分も参加しようとする。

これが、この国の人たちの、傍目をわきまえない、自分たちの仲間のことしか眼中にない、必死の集団、団体行動につながる。また、携帯電話でむやみやたらと仲間と連絡を取り合おうとする、仲間からの連絡が来ないと不安になる、携帯電話依存症を引き起こしている。

その背景としては、仲間集団が成員相互の一体感、相互理解を偏重し、一体感の持てない、内輪の話題について行けない成員をすぐ仲間はずれにしようとする点がある。

外部の人に対して、自分たちのことを理解してもらおうと、積極的に、誰でも分かる、グローバルな用語とか用いた説明をしようとしない。というか、むしろ自分たちのことが外部に理解され、対外的に筒抜けになると、よそ者に首をつっこまれることになるとして、外部に対して門戸を閉ざし、対内的に内向きの結束を図ろうとする。

これが、排他的であるとか、対外的な隠蔽体質につながっている。
内輪だけで分かる話題で盛り上がって集団内の一体感を得ることと、集団が排他的、閉鎖的、内向きであることとは、大きく関連していると言える。

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2007年07月19日 05:38に投稿されたエントリーのページです。

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