Sponsored Link

« 欧米礼賛に気を付けろ | メイン | 日本社会は女社会、女性解放の最先端を行く社会だ »

日本人と中国人 その2

-社会規模の違いがもたらす国民性の違いについて-

中国人と日本人は、同じ農耕民であり、同じ女性、母性主導の社会の一員であるという共通点があるが、その他の点ではだいぶ異なっている。

以前の文章では、両国間の家族制度の違いから来る国民性の違いについて触れたが、それとは別に社会の規模から来る国民性の違いも存在すると考えられる。

中国人は、強い中華思想の持ち主であり、自分が皆の中心、世界の中心にいて当然だと思っている。自分たちの存在が大きいため、自然と皆の注目を集めるからである。その点、自信が過剰な自己中心女の雰囲気が強い。

一方、日本人は、存在が相対的に小さいため、自分から精を出さないと、注目してもらえない運命にある。そこで、周囲の皆に注目して振り向いてもらえるために、かわいい女と見られるために、周囲に対して必死に媚びを売る側面がある。また、自分に自信がなく、周囲の自分への噂、評判をしきりと気にして、絶えず八方美人的な態度を取る、いい娘ぶる側面がある。

ただ、日本人に中華思想の気がないかと言えば、そうとも言えない。京都の人みたいに、自分を日本社会の中心と考えて国内に向かって「お上」ぶる日本人はかなりいるようである。その点、仮に日本が中国並みに大きな国家であれば、中華思想にはまったと考えられる。

中国は、大きな国家、大国であり、外圧に屈する必要がない。かっては、科学技術のレベルで大きく遅れたため、欧米列強や日本の支配下に入ったが、最近は再び政治的、経済的、軍事的に大きな存在となって、周辺国を威圧するようになってきている。

中国人は、自分が世界の中心であると考えがちなため、とかく周囲に対して態度が大きく厚かましくなりやすい。同じ女性でも、日本と比べると、より尊大で、ふてぶてしい、どっしり堂々と構えた「グレートマザー(太母)」、ないし図太いおばさんの化け物=「オバタリアン」的なものとなる。これは、例えば中国政府の報道官(男性も女性も)の威圧的な態度を見ると分かりやすい。

これに比べると、日本は相対的に小さな国家、小国であり、とかく外圧に弱く、アメリカとかの要求に容易に屈してしまう。また、国際社会の中での自分たちがどう見られているかを盛んに気にする癖があり、いい格好、いい顔をしようとして、各国に対して盛んに媚びを振りまく面がある。

「大和撫子」社会の日本人は、国際社会の中で、周囲から浮いたり、嫌われるのが怖くて、やたらと気を遣ったり、はっきり物が言えなかったり、とかく謙遜、遠慮しがちである。その点、「八方美人」的である。また、その時々の大国、強国、権威の後を追ってあっちにふらふら、こっちにふらふらとして、依存的で頼りない、か弱いことおびただしい。

その点、日本人は、行動が、国際社会を仲良しグループに見立てて、その中でのけ者にされまいと必死で周囲に対して媚びを売り親密さをアピールする女子高生~女子大生みたいな「可憐な乙女、かわいい娘さん」として立ち現れる。


では、韓国、朝鮮はどうかと言えば、日本、中国と同じ農耕民の母性主導の社会であることは同様であるが、隣の大国である中国と距離があまりにも近すぎて、呑み込まれかかっている感じが絶えずつきまとう。大国中国に絶えずぺこぺこして媚びへつらうとともに、自分と同格の日本を何かとライバル視して、その足を引っ張るのに忙しい感じである。そして、大国中国(大姑)の威を借りる形で、日本に対して、自国の相対的優位性(東方礼儀の国だとか)をさかんに主張する「小姑」みたいな面がある。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://iotsuka2.s203.xrea.com/mt/x/mt-tb.cgi/423

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2008年04月13日 07:53に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「欧米礼賛に気を付けろ」です。

次の投稿は「日本社会は女社会、女性解放の最先端を行く社会だ」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。