日本では、欧米のことを先進的であるとして盛んに持ち上げ、自分もそうした欧米文化を信奉し、欧米の動向に極めて敏感で精通し、欧米のような高い人権、自由に対する意識を持っているかのように振る舞う人が、特に知識人、文化人とかに多いが、気をつけた方がいいと考えられる。
というのも、そうした人たちは、往々にして、鼻持ちならない権威主義や、見栄、虚勢の持ち主であり、人々をランク付けしては、その中で自分が上流に位置していることを確かめたいスノビズムの持ち主であることが多いからだ。
欧米を持ち上げるのも、欧米文化が体現する、バラバラな人間同士の自由で直接的な衝突、対立や、攻勢的な個性の自己主張といった価値観に同意しているからではない。
欧米が力や勢いがあり、そうした欧米が持つ権威や権力に自分もあやかって、自分をよりよく先進的に見せたい、演出したい、「良い恰好をして、皆の注目を集めたい」という心理というか高いプライドが根底にある。
その点、化粧服飾や流行を追うのに熱心な、自己中心的な若い女性と余り心理的に変わらない。
むしろ、学閥や会社といった伝統的な組織や集団に所属して、その中で無難で主流の立場になって、威張っていい思いをしたいという気持ちが人一倍強い。
欧米への追従、崇拝は、自分の所属する組織や集団の中で、自分を格好よく見せる手段、張りぼてに過ぎない。
また、彼らは、欧米の権威や威力を借りて、自分の立場を強化しようとしている点、保身第一であると言える。
欧米の著名な誰々がこう言ったから、自分も皆もそれに従うべきだ、それに反論しようとする人間は身の程知らずであり、反論するならまずは欧米の論客の議論を全て頭に入れないといけない、といった感じで、自分の意見がなく、欧米の論客頼り、引用オンリーで受け身なのもその特徴である。
彼らのそうした態度は、既成の権威に対して反逆し、各自が自分独自の意見を持って自由に動き、周囲にアピール、攻勢をかけようとする、欧米のよくも悪くもドライな牧畜民系の文化(モンゴルとかも共通する)とは、本来相容れないものなのであるが、その限界に気付かずに、嬉々として欧米礼賛をするところが、見ていて痛々しいところである。