パクリ、コピー文化とオリジナル、ユニーク文化
日本とか、中国、韓国とかは、他人の作った製品をどんどん真似して、コピーして、そこに少し改良を加え、自分なりの変化を付けて、製品の完成度をどんどん上げるのが得意である。
日本のような母性、女性の力が強い液体タイプの社会では、互いの間の一体感の確保、維持が何よりも重要となる。周囲との一体化、協調が重視されるのである。
そのように互いに相手と同一化し、みんな一緒で一体化し、くっつくには、相手と同じになること、相手の真似をして、コピーする、パクることが必須である。相互の一体感、包含感を重視する母性、女性が好きな考え方である。母性、女性文化、液体タイプの文化の本質は、パクリ文化、コピー文化と見つけたり、というところである。
もっとも、相手と全く同じだと没個性で、埋没して目立たないのは嫌なので、大本はコピーで、そこに自分なりの味付けを少しだけ表面に付けることで、自分は他人と違うというオリジナリティを持った気になっている。周囲と同じミニスカートをはいて、色だけをちょっと変えるとかである。その点、「プチ・オリジナリティ」「プチ独自性」の主張や、「プチ独創」が好きであると言える。
日本のような母性社会では、著作物や発明はみんなのもの、皆の共有物であり、パクリは決して悪いことではない。というか、パクリ、他人の物まねは相互の一体感維持のためにどうしても必要なのである。重視されるのは自他同一、自他世界の共有であり、日本文化は「同一・共有指向」と言える。
これに対して、父性の力の強い気体タイプの欧米社会では、互いに他人の真似をするのを好まない考え方が根強い。最初にアイデアを考えついた人を優先すると共に、自分は他人の世界を真似せずに独自の世界を自分で切り開くんだという考えがある。これは、「オリジナル、ユニーク指向」と呼べる。
これは、他人と自分は違うんだ、別々だということが前提の考え方である。他人と自分を切り離し、自由とプライバシーを得る反面、何でも自己責任になり、失敗しても他人のせいに転嫁できない、厳しい世界である。自他の絆を切断する父性文化の申し子である。
欧米のような父性社会、気体タイプの社会では、著作物や発明は著作者、発明者個人のもの、個人のユニークなものであると捉えられる。重視されるのは、自他の区別、差別化、自分独自のオリジナルな世界の構築であり、「相違、個人帰属指向」と言える。
オリジナルを指向するとは、他人と違うことをやるということであり、周囲との一体感がなくなるので、周囲との相互一体感を重視する日本のような母性社会においては由々しき問題である。それ故、日本社会では、欧米社会との協調を図るため、口先では、独創性の重視を唱えつつも、独自性にこだわって周囲と協調しない輩を「出る杭を打って」排斥するのが常である。