同期横並び処遇と妬み
以前説明した崩れない年功序列と関連することであるが、日本の会社や官庁において、同期入社の人たちの間で、一方が上司となり、一方が部下となって、同期が同期に上から目線で命令したり、されたりすることが、命令する側にとっても、される側にとってもためらわれるという事態も起きていると考えられる。一緒に入った同期の間は、同一の処遇がなされるべきで、上下の差を設けるべきではないという考えが根底にある。
この同期の間で処遇の上下を設けるべきでないという考え方、同期は一緒に同じタイミングで昇っていくべきだとする同期同時昇進、同一処遇の考え方が、年功序列と表裏一体になって、現在も強固に存在している。これは小中高の学校教育で、飛び級とかが許されず、同じ学年の生徒同士が、同じタイミングで順序よく1学年ずつ昇っていくのが自然だとする考え方が身に付いたためと考えられる。
中高年になって、昇進可能な役職ポストの数に限りが出てきて、同期の間で上のポストに就けた人と就けずに平社員のままでいる人の処遇格差が生じ、格差の生じた同期同士が同じ組織に一緒にいるのは気まずいことで、それは上のポストの同期にとっても、下のポストの同期にとっても居心地が悪いので、では上の役職に就けなかった、相対的に能力の劣る同期を間引こうという考えにつながる。これが日本における中高年のリストラのもう一つの原因である。
こうした同期同一処遇、横並び処遇をよしとして、やむを得ない格差が同期の間に生じた場合は、格下になった同期社員を切る、という考え方が、中高年のリストラにつながっているのであり、中高年のリストラは、欧米流の成果主義導入以前に、既に日本の会社や官公庁の組織のあり方として、伝統的に必然的に起こっていたのだと言える。
そうした同期の間の格差発生と格下同期の切り捨てが職務能力の差に基づいて生じるということで、わざわざ欧米流の成果主義を持ち出さなくても、日本には伝統的に成果主義が存在するのだということもできる。
ただ、競争させて上下の格差を簡単に作ろうとする欧米と違い、日本の場合は、可能な限り、同期間の横並び状態が続くように、許容範囲を持たせ、同期の間で心理的に一体感、同一感を持たせようと努力する点が異なると言える。
「会社に一緒に入社した」同期の間の心理的一体感を持たせることで、会社組織への一体感、親近感を持たせると共に、同期の間での「あいつは先に行った、自分は遅れた。取り返さなきゃ。」の横並び競争を絶えずさせることで、業績を上げさせる原動力としていると言える。その点、先を進む同期ライバル社員への相対的に遅れた社員の妬みの心をうまく利用しているとも言える。
つまり、日本の会社の業績を伸ばす原動力は、「会社への一体感」と、「同期ライバルへの妬み」であると言える。
