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自分の意見への固執、意見不動傾向と植物的思考

日本では、国会の論戦とか政治討論会とかを聞いていると感じることであるが、表立って自分の意見、持論に固執して、最後まで変えようとしないタイプの人が目立つと思う。

要は、植物的思考というのだろうか、一つの意見に根を下ろして、しっかり根付いて、簡単にころころ変えないのがよいという考えが定着している感じである。そのため、意見の対立する者同士で、いつまでも同じ押し問答を、制限時間終了まで延々と繰り返したり、そもそも議論や対話を拒否して、退席したり、欠席したりすることが平然と行われる。なぜ、対話を拒否して欠席するかと言えば、結局は、いくら議論しても、意見はどうせ変わらないから、として、自分の意見、意思の強さをアピールできたと自己満足するためである。

議論のその場その場で、意見や話の流れを柔軟に変化させるのが苦手であり、最初にこう言おうと仲間内で打ち合わせて決めた原稿内容を延々と繰り返し主張し続けるため、いくら貴重な時間を割いても、同じ押し問答が延々と続いて、平行線をたどってしまう。また、そうした押し問答の持続に伴って両者の間に感情のもつれが生じ、さらに合意が難しくなる。同時に、双方共に押し問答を長く続けて、決して妥協しないことで、自分の意思の強さを対外的に表現できる、アピールできるという読みもある。

そして、対立する二者間の実質的な意見調整、感情のもつれの調整のための協議は、往々にして仲介者を立てて、公開の本会議場とは別の密室で互いの腹を割って秘密裏に本音で話し合う談合の形式で行うといった感じになるのである。

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2008年07月27日 15:15に投稿されたエントリーのページです。

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