この国の人たちは、教科書に書かれていることを重んじ、そこに書かれていることを、権威ある正解と見なす。そして、教科書に書かれていることを、どれだけ正確に多量に覚えているかを、重要視し、その人の能力と見なして評価しようとする。
教科書も、国とかの内容保証を重んじて、国の検定を通っていること、内容面で国のお墨付きがあることを重要視する。国の権威に寄りかかって、物事の正誤判定をしようとする。
これが、この国の人たちの教科書に書かれていることが正解、重要で、書かれていないことは間違っている、重要でないという、硬直した、物事の正誤判定、重要度判定を権威筋に預けた、権威主義的な考え方の温床になっていると言える。
あるいは、教科書の記述の枠の中の安全領域に閉じこもって、そこから出てこよう、外れようとしない、退嬰的な安全第一の女性的な考え方の温床となっているとも言える。