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2009年02月 アーカイブ

2009年02月11日

詰め込み主義と国際的競争力

日本の人は、狭い面積、体積の空間に、できるだけたくさんの内容を、これでもかと言わんばかりに、ぎゅうぎゅうに詰め込んで極限まで凝縮、圧縮して、超高密度でできた製品やパッケージを、効率よく生み出すのが大変得意である。

代表例は、小型のモバイルノートPCである。大型のノートPCと変わらぬ働きをする部品を、可能な限り小型化、軽量化を図り、小さなパッケージの中に、まったく隙間がない、完全に凝縮された形で押し込め、製品としてきちんと動くところまで持っていく、高精細さを保持する技術は、大変優れていると言える。

日本が、世界に対して製品面での競争力を維持するには、この高密度詰め込み技術を保持、洗練していくことが重要であると言える。今までそれで成功してきたし、今後も並ぶ者は無いだろう。

こうしてみると、日本の学校教育での、詰め込み主義による大量知識の暗記タイプの教育もまんざら捨てたものではないことが分かるだろう。小さな所への詰め込みが得意な、国際的に競争力のある人材を、何のかんの言いながら育てることに成功しているからだ。問題は、詰め込む内容が、実社会に出て何の役にも立たない歴史上の年号だったりする点にある。

限定好き、枠好き

日本人は、DVDとか、コレクションで限定版を購入するのが好きだ。表面的に見れば、数が限られているから、値打ちが出るだろうという読みが人一倍好きなようだ、と解釈できる。

しかし、もう少し考えてみると、この国の人たちは、限定したり、狭めたり、制限したりするのが、本質的に好きであり、反対にどこまでも自由気ままに広がったり、動き回ったりするフリーな、無限な状態を本質的に嫌うことが多いのではないだろうか。

自分の動きや考え、人付き合い等をある一定の枠内に限定し、その枠内だけで物事を考えようとしたり、完結させようとするのが、この国では一般的なのではないだろうか。

例えば、中央官庁とかで、職員が自分の所属する省庁のことのみを考えて、自分が所属する省庁「○○省一家」の利害を背負って代表して行動しているのだ、みたいな考えが横行し、省庁の枠を超えた普遍的な利益について考えが及ばないことが多いのではあるまいか。省庁を会社に置き換えても同じことが言える。

日本人は、自分が所属する小さな限定された小宇宙、ムラが、自分の全人格を没入させる対象となり、その中にのみ閉ざされた狭い、他人の体温の温かい、息の詰まるような親密さの中で生きているのである。

自分が属する他の世界がどうなろうと知ったことではない。自分の属する小世界が安泰であれば、他はどうでもいい、という、限定された視野の持ち主、セクショナリズムの考えの持ち主が、日本中で、今も昔も変わらず跋扈しているのである。

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