先日、あるアニメを見る機会があった。同じ学校に通う登場人物たちが、生徒会長の座を賭けて、運動会で各種の競争をするというものである。
その中に、二人三脚の競技場面があったが、印象的だったのは、二人三脚で走っていた競技者たちが、個人で単独で走る競技者に速度の面で負けた場面であった。
各個人がバラバラで、単独で走る方が、二人が共同歩調を取って、タイミングを合わせて「和合して」走るよりも速いということである。
これを社会の進歩に当てはめてみると、個人がバラバラに独立して互いに周囲と無関係に、衝突や訴訟を起こしながら自由に動き回る社会の方が、各個人が互いに周囲と動きを合わせ、調整をして、仲良く和合、一体化して動く社会よりも、進む速度、進歩の速度が速いということになる。
つまり、各粒子が互いに離散する気体タイプのドライな社会の方が、各粒子が互いに接近、一体化する液体タイプのウェットな社会より動きが速いのである。現に、気体は、液体よりも速度が高速である。
これを日本社会と欧米社会の比較に当てはめると、日本社会は、人々が相互に仲良く一体化して、和合状態を作り出し、それを維持しながら共同歩調、護送船団で動く社会であり、それゆえ、人々の相互の歩調調整、合わせに余分な手間暇、時間コストがかかって、人々の動きがどうしても遅くなる。一方、欧米社会は、人々が勝手にバラバラに、互いを冷たく突き放しながら、自分個人の利益のために動く社会であり、各自が行動する上で他者との歩調調整、合わせに必要な時間コストを余りかけないで済むため、高速で動けると言える。
これは、旅行とか出張とかで、団体行動よりも単独行動の方が、身軽で素早く行動できるのと根が同じである。
こう考えると、日本の和の精神の特徴である、周囲と仲良く共同歩調を取って、互いにタイミングを合わせながら進むという液体的でウェットな行き方そのものが、互いの歩調調整、合わせのための手間暇を余計に必要として、行動に余計に時間がかかるため、科学技術面で、そうした個人間の合わせをしない、単独行動優位の欧米社会に比べて後れを取る根本原因となっているように思われる。