現代の日本社会では、終身雇用をなくそうという発言があちこちでなされている。
それは、主に、経営層からの、従業員のリストラをしやすくしたいとか、従業員側からの、他業種、他企業への転職を容易にしたいとか、若年就職氷河期層からの、ある程度年齢が行ってからの正規雇用の受皿を増やして欲しいとかいった欲求から来ている。
そして、主にアメリカ等での雇用の流動性の高さを手本にして、日本も変わるべきだという論調になっている。
しかし、実際のところ、終身雇用をなくす、新卒でなく中途採用をデフォルトにする、というのは、現在の日本では困難であると考えられる。
その困難さの原因を作っているのが、組織の構成員が一つの組織の中で純粋培養され、他の組織の異質な色や血が混じらない純血性、一体性を保っていることを本質的に好む、この国の人たちの体質である。
一度一つの組織に入ったら、ずっとそのままその組織に定住して居続け、その組織の純粋な色に染まり、組織と完全に一体化し、溶け込むことが望ましく、そうして出来上がった一体秩序を乱す他の異質な色や風土に染まったよそ者の乱入を好まないという伝統的な「純粋培養指向」「純血性保持指向」の価値観が終身雇用を望む心理の根底にある。
同じ色に染まることによる相互の一体感、融合感の確保と、それを阻害する異質、異色な分子乱入の阻止が、この国の人たちの基本的な考え方である。同じ共通の母胎の中に、限られた同じ仲間とだけ一緒に仲良く抱かれていたいということだろう。
この考え方では、現状、組織に新たに入ってきて良いのは、まだどこの色にも染まっていない「白紙」状態の新卒だけということになる。新卒採用がやたらと幅を利かせるゆえんである。
こうした、「所属組織と同じ色に染まることがよいことだ(同色染色指向)」「所属する組織がずっと同一、一種類なのがよいことだ(純粋培養指向)」「同じ血の流れている相手とだけ一緒にいることがよいことだ(純血性保持指向)」の価値観を日本の人たちが改めない限り、終身雇用はなくそうとしてもなくならないであろう。
年功序列の維持にしても、現状やたらと、年齢が上がるほど賃金が高くなる、という側面ばかり論議の対象になっているが、実際のところそれが年功序列の本質ではない。
年功序列の本質は、組織の構成員は一つの組織に長く居続けるほど、より濃くその組織の色に染まるのであり、より濃く組織の色や風土に染まった、それだけ組織により強く一体化した者ほど、より敬われる、上位者として扱われるという考え方である。
同じ組織にずっと居続けることで、その組織の色への染色度合いが年々高まっていき、染色度合いの高さによってその人の組織内での序列、優先度が決まるというのが年功序列の本質である。
賃金の年功による向上云々は、上記の年功序列の本質の中のサブカテゴリの一つに過ぎない。もしも賃金面や役職面で組織年功の高い人を上位に置くことが企業の経営的に難しくなったとしても、それ以外の心理面で上位者として敬うこと(天皇を象徴として心理的に上位者として敬うのと同じ)を続けることで、企業での年功序列は十分維持可能とも考えられる。
ちなみに、欧米でも、フランスとかは終身雇用らしいので、欧米かぶれでかつ終身雇用が好きな人は、フランスを真似て政策提言すればよいのではないだろうか?