最近、イギリス辺りの人権団体が、日本のソフトウェア会社が作ったレイプを主題とするエロゲーを人権侵害であるとして非難し、それに敏感に反応した日本側が、ソフト制作の自主規制を始めたようだ。
しかし、実際のところ、イギリスを初めとする欧米(というか詳しくは西欧と北米)は、社会、国家レベルで、女性の人権侵害、抑圧をやっているのである。
どういうことかと言えば、欧米は、気体的でドライな社会であり、個人行動、相互のバラバラな独立と自由の確保を何よりも重視するのであるが、実際のところそれらは、女性の持つ集団指向、相互の一体感や同調性の確保を重視する液体的でウェットな本質をことごとく否定し、消し去ろうとすることにつながっているのである。
女性のジメジメ、ドロドロ、ウェットな本質的性格を社会、国家レベルで否定することは、そのまま女性本来の性質の否定と、女性への男性的性格の強制につながり、それゆえ女性の人権を、社会の根本で否定、侵害、抑圧していることになる。
イギリスとか女王がトップではないかという声が聞こえてきそうだが、実際のところ、欧米の女性は、本来持っているはずのウェットな性質を殺され、ドライな男性にひたすら合わせて生きる、無害だがあまり役に立たない只の置物であり、男性の専制下で働く家政婦か、所有物、ペットみたいに扱われているのではないだろうか。その実態を巧みにレディーファーストで覆い隠しているのだ。
一方、ウェットなムラ社会日本では、表向きは男社会ということになっているが、実際は、母親や専業主婦の立場の女性が好き放題に活躍しており、男性(息子、夫)を尻に敷いて支配している。息子を操縦する教育ママや、妻が小遣いを夫に渡す制度とか代表的である。
普段女性に抑えられている日本男性としては、例えゲームの上だけでもいいから、女性を思いのままに支配したいと思って、エロゲーを購入してきたのである。それに応えてきたのが女性レイプ性暴力のソフトを作ったソフト会社である。
女らしさを社会の根本で否定、抑圧している、いわば女性への男性性の押し付けという性暴力を国家、社会レベルで行っている欧米社会は、その本質面で女性の人権を侵害しており、その社会の産物である欧米の人権団体も、本来女流日本のソフト会社に女性人権侵害のケチを付けられる立場にはいない。しかるに、欧米に頭の上がらない日本の政府やその配下のソフト会社の機関は、欧米人権団体に言われるままにエロゲー規制をなしくずしで始めてしまった。これは問題だと思う。