日本社会において、収入や地位の面で上位を確保した、いわゆる勝ち組の男性たちは、実際のところ本当に勝ち組なのであろうか?
日本社会において勝ち上がるには、それなりに日本ムラ社会に適応、適合することが必要であるが、その際問題となるのが、ウェットな日本ムラ社会は、女性的(集団重視、相互一体感、和合の重視・・・)であり、実質母性の支配下にあるということである。
つまり日本社会で成功するには、ものの考え方を女、母に合わせないといけないということである。女流にならないと成功できない。
日本社会における勝ち組男性の人生は、往々にして男性当人の人生ではなく、その母の人生になっていることが多いのではあるまいか。一見自分の意志で動いているように見えながら、実は母の意志で動いているのではないだろうか。日本社会のシステムは、母のためのシステムなのである。
要するに日本社会で勝ち上がるには、自らの男性性(個人の自立、自由の確保・・・)を捨てて、女流になり、母の言うことを聞いてその通りに動くことが必要であり、その点、男らしさの喪失という点で負け組になってしまうのである。
これと対比して、女性は、女流の日本社会では、存在するだけで勝ち組であると言える。