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保証が必要

この国の人は、自分が行動を起こすに当たって、その安全、正しさを保証してくれる、自分より上位の保証者を何かと求めたがる側面がある。

誰に保証を求めるか。

一つは、天皇家の古来からの権力に由来する、国や官庁といった「お上」に保証を求める行き方である。公的資格が民間資格より、資格として、より保証されたものと考えるのがこれである。お上のお墨付きがあると考えるわけである。

次は、欧米に保証を求める行き方である。「日本では未だこうだけど、欧米では既にこうなっている。欧米を見習うべきだ。」といったように、日本を遅れた劣ったものとして、欧米を進んだ優れたものとみなして、欧米的な先進的行き方を保証されたものと考えるのがこれである。グローバルスタンダードのお墨付きがると考えるわけである。

3つ目は、専門家、教授に保証を求める行き方である。大学で教える教授を、その道の第一人者、最も詳しい、精通した人と考え、彼の言ったことは、専門家のお墨付きがあるとして、そこに保証を求める。

4つ目は、ビッグネーム、有名人に保証を求める行き方である。テレビとかで、名の通ったタレント、芸能人、文化人をゲストに迎えて、コメンテーターになってもらい、「あの有名人が言ったことだから」というので、そこに有名人のお墨付きという保証を求める。
これは、自分より上位の権威あるものによる保証を求める権威主義につながっていると言える。

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2009年07月13日 06:15に投稿されたエントリーのページです。

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